エンハーツ(トラスツズマブ デルクステカン)はトラスツズマブとデルクステカンを結合させた抗体薬物複合体です。
規格
エンハーツ点滴静注用100mg
適応症
・化学療法歴のあるHER2陽性の手術不能又は再発乳癌(標準的な治療が困難な場合に限る)
・がん化学療法後に増悪したHER2陽性の治癒切除不能な進行・再発の胃癌
用法用量
化学療法歴のあるHER2陽性の手術不能又は再発乳癌
1回5.4mg/kg
がん化学療法後に増悪したHER2陽性の治癒切除不能な進行・再発の胃癌
1回6.4mg/kg
90分かけて3週間間隔で点滴静注
初回の忍容性が良好なら2回目以降は30分間まで投与時間短縮可
調製時の注意点
注射用水5mlで溶解し、20mg/mlの濃度とした後、必要量を抜き取り、5%ブドウ糖注射液100mlで希釈する
生理食塩水との混合は避け、生理食塩水と同じラインでの同時投与も行わないようにする。
室温での調製及び投与は合わせて4時間以内に行う。
HER2について
ヒト上皮成長因子受容体(HER:human epidermal growth factor receptor)には、HER1(EGFR)、HER2、HER3、HER4の4種類があります。
HER2はそのうちの1つです。
HER2などは細胞膜表面に存在しています。
増殖因子が結合した他のHERと二量体(ダイマー)を形成すると、細胞内へシグナル伝達が起こり、細胞増殖が起こります。
HER2が過剰に発現していると、増殖因子がなくてもHER2同士または、他のHERと二量体を形成して、次々と細胞内へ増殖のシグナル伝達が送られてしまい細胞増殖が続きます。
がん細胞の中にはHER2をたくさん持つものがあり、この過剰に発現しているHER2により、がん細胞の増殖が次々と行われていきます。
抗体薬物複合体とは
抗体薬物複合体(ADC:Antibody Drug Conjugate)は、抗体と薬物を結合させたものです。
がん治療薬では、抗体と抗がん剤が結合しています。
抗体が特定の分子を持つがん細胞に結合する性質(抗原特異性)を利用して、抗がん剤を直接がん細胞まで到達させます。
そこで抗がん剤ががん細胞を攻撃します。
このように抗体薬物複合体は、薬剤を効率的にがん細胞へ届け、正常細胞への影響が少なくなるように設計された薬剤です。
作用機序
エンハーツは
抗HER2抗体薬であるトラスツズマブとトポイソメラーゼⅠ阻害作用をもつデルクステカンが結合した抗体薬物複合体です。
まず抗HER2抗体薬のトラスツズマブを含むエンハーツが、がん細胞の細胞膜表面にあるHER2に結合します。
するとエンハーツが細胞内に取り込まれて、細胞内のリソゾームにより抗体から切断されて「デルクステカン」を遊離します。
デルクステカンはトポイソメラーゼⅠ阻害作用をもち、トポイソメラーゼⅠに結合してDNAの合成を阻害しアポトーシスを誘導してがん細胞の増殖を抑えます。
このようにエンハーツは抗体と薬物を結合させることで、全身への影響を抑えつつ、効率的に薬剤をがん細胞に直接届けることができる薬剤です。
エンハーツは1つの抗体に対して結合できる薬剤の数が8個と多いです。
同じ抗体薬物複合体(ADC)である「カドサイラ(トラスツズマブ エムタンシン)」は1つの抗体に結合している薬剤の数は平均3.5個と言われています。
さらに、エンハーツの結合は血液中で外れにくく、がん細胞の中で結合が切れるので、正常細胞への影響が少なくなっています。
また、デルクステカンは膜透過性も有しており、その特性から周囲のがん細胞も攻撃します。
副作用
特に注意すべき副作用では間質性肺疾患や骨髄抑制があります。
またインフュージョンリアクションも報告されています。
その他の有害事象では、心毒性や悪心、下痢、脱毛、倦怠感などがあります。
治療対象
「HER2陽性転移・再発乳癌」では、抗HER2療法の一次療法で
・ハーセプチン(一般名:トラスツズマブ)
・パージェタ(一般名:ペルツズマブ)
・タキソテール(一般名:ドセタキセル)
の3剤併用療法が選択されることが多いです。
タキソテール(一般名:ドセタキセル)による毒性が生じて継続困難な場合は抗HER2薬 2剤で継続します。
効果がみられなくなってきた場合の二次療法では
・カドサイラ(トラスツズマブ エムタンシン)
の単独療法が推奨されています。
そして、カドサイラでも進行がみられた患者に対して、エンハーツは良好な奏功率を示し、3次療法以降で使用されます。